■『ありまサイダー』のトレードマークの『大砲』大研究(2008.5.25)
旅館、酒屋、土産物屋、など業種を越えた有馬温泉の8人の仲良しスケベー集団!?「合資会社」有馬八助商店」で有馬サイダーを復活させようという事になったのは2002年でした。《つづきはコチラ》
|
 |
■江戸時代の有馬温泉へ『いらっしゃ〜い!』A(2008,3,30)
さて今回は、いよいよ江戸時代中期の有馬温泉に踏み込んで行きましょう。主人公はあなたです。(『滑稽有馬紀行』を参考にしましたが、ある程度は私の想像である事をお断りしておきます。) …《つづきはコチラ》 |
 |
■江戸時代の有馬温泉へ『いらっしゃ〜い!』@(2007,12,15)
江戸時代は『有馬千軒』といって有馬温泉が現在を除くと最も栄えた時代だったそうです。
戦いの時代は過ぎ、天下泰平の世みたいですから、もしタイムトリップが可能だったら是非行ってみたいですね。江戸時代の有馬の湯を想像してみて下さい。天然の湯が底の敷石の間から湧き出し、お風呂はもちろん男女混浴!…あっちにはふんどし姿のチョンマゲ、こっちには腰巻姿の女性が…灯明の薄ら明かりで照らされた部屋の隅には湯女の姿が…《つづきはコチラ》 |
 |
■有馬富士ってどの山?どんな山? (2007,8,15)
有馬温泉は六甲山系の北斜面にあり、大まかではありますが東、南、西の三方向を山に囲まれた山間の街です。残る一方向の北には、三田(さんだ)盆地を挟んで遥かに北摂の山並が横たわっています。今回はその山々の中でも江戸時代の『有馬六景』(有馬湯泉神社所蔵)にも選ばれ、昔から『有馬富士』と呼ばれ親しまれてきた山について書きたいと思います。 《つづきはコチラ》 |

|
■有馬温泉 タイムスリップ その6 写真の中の子供たち (2007,5,01)
子供のいる風景、写真って何だかほっとしませんか。たとえ殺伐とした風景だとしても子供がいて無心に遊んでいたりすると、それだけで救われたような気になります。
今回は有馬温泉の古い写真の中に写っている無垢な子供の姿を探してみたいと思います。
どんな子に出会えるのでしょう。切り取られた一瞬から過去にタイムスリップしてみましょう。 《つづきはコチラ》
|
 |
■有馬温泉にあった幻の「青い花」 (2007,2,10)
実は先日、郷土史や植物に詳しい藤井清さんに、有馬の山間の険しい崖などに自生するという有馬蘭(ウチョウランの別名)のお話を伺いました。 《つづきはコチラ》
|
 |
■有馬温泉とカラス (2006,12,16)
カラスが現在の様に、「ずる賢い」とか「不吉!」とか「烏合の衆」などと喩えられたり忌み嫌われるようになったのは、実は江戸時代くらいからだそうで、それまでは、「賢い」とか「山の神の使い」とか言われて大切にされていたそうです。なまじ知恵があるのと(遊んだり物まねをしたり道具を利用したり出来ることから、最も知能の発達した鳥類と言われています。)《つづきはコチラ》
|
 |
■有馬温泉 タイムスリップその5 発掘!昭和30年代の、とび出す有馬温泉 (2006,10,15)
今回は当店、吉高屋謹製の『とび出す絵はがきステレオヴィジョン有馬温泉』の写真をご紹介しましょう。昭和30年頃に製作された物で《つづきはコチラ》 |
 |
■有馬温泉とカメの関係
(2006,8,15)
今回ご紹介するのは、有馬温泉と弊店のトレードマークのモチーフでもある「カメ」との意外と深い関係です。少々小難しいお話にどうぞお付き合いを。《つづきはコチラ》
|
 |
■有馬温泉 タイムスリップその4 有馬温泉 本温泉の浴舎の移り変わり(2006,6,25)
今回は有馬温泉のシンボル『本温泉』の移り変わりを見てみましょう。
■ ご承知の通り有馬温泉は日本最古の湯と言われ、日本書紀における舒明・孝徳両天皇の行幸、温泉寺(薬師堂)を建立した僧行基に纏わる話、藤原家一族の入湯、僧仁西上人による再興事業など古い記録はたくさんありますが、鎌倉時代くらいまでは《つづきはコチラ》 |
 |
■有馬温泉 タイムスリップその3 エントランス(有馬川沿い)の移り変わり
今回は有馬温泉の玄関口の有馬川沿いの移り変わりを見てみようと思います。《つづきはコチラ》
|
 |
■有馬温泉 タイムスリップその2 竹久夢二の目に映ったであろう有馬温泉
奔放な愛の世界に生きた、大正ロマンで有名な画家竹久夢二を知らない人はいないでしょう。
若くして名声を得た人気アーティストでした。自らのデザイングッズショップ「港屋」に出入りする夢二ファンの画学生で、日本橋の紙問屋の一人娘だった12歳下の彦乃との恋の逃避行の話も当時から世間の知る所でした。彦乃は大正7年3月以降、何度も父親によって夢二と引き離された末、最後は夢二に会う事も許されず大正9年1月胸の病で23歳9ヶ月の儚い生涯を閉じます《つづきはコチラ》 |
 |
■有馬温泉 タイムスリップその1 有馬の街並み俯瞰写真の移り変わり
昔の写真を見ていると引き込まれてしまいそうになりませんか?
写真で見る昔の有馬温泉。私ども有馬で生まれ育っている者でも全然知らなかった有馬の街がそこにあります。同じ場所なのに人は少しずつ入れ替わって行きます。100年も遡れば同じ場所に住んでいる人でさえ知らない人ばかりです。どんな人がどんな思いを持って有馬に来て、温泉に入ったのでしょう。又住んで商いをしていたのでしょう。一枚の古い写真の片隅から昔の世界にタイムスリップしてみましょう。今回は有馬の街並みを俯瞰した写真をご紹介します。《つづきはコチラ》
|
 |
■有馬温泉と風水
今や私どものような観光地のショップでも定番アイテムになっているのが「風水グッズ」です。実を言うと売れるから置いているけれどホントの所どうなんでしょう?そこで今回「風水」についてしらべました。すると有馬にまつわる意外な(?)事実が!
《つづきはコチラ》 |
 |
■『有馬ループバス炭酸せんべい』のパッケージデザインのできるプロセス
有馬に便利で安い巡回バスが出来てしばらく経ちます。坂の多い街なので結構便利で、観光客の方にも大好評です。せっかく出来た巡回バスを盛り上げようと、有馬温泉旅館協同組合が企画したのが、『有馬ループバス炭酸せんべい』です。多少器用なのを買われ、それまでも各種イベントポスターを描かせて貰っていたりした関係で(無償です。)、当店主がデザインを依頼されました《つづきはコチラ》
|
 |
■有馬秘境探検の巻 (鼓ケ滝の上流の様子と高塚の清水)
先日、有馬の「秘境」、鼓ケ滝の上流を探検する催しがあり、参加する事が出来ましたのでレポートします。なぜ「秘境」かというと、今回特別に有馬保勝会(有馬の自然を守る為のNPO法人)の方々の先導で探検できましたが、鼓ケ滝の脇の登り口は切り立った崖で、危険もあり、現在は立入禁止になっており、踏み入る事が出来ず、昭和13年の阪神大水害の時に崩れた部分を修復して以来、つい最近になってNPO法人有馬保勝会の方が踏み入るまでの60数年の間に、立ち入った人がほとんど無いからです。《つづきはコチラ》 |
 |
■念仏寺の沙羅の花
6月の下旬になると、例年とり行われる催しに、念仏寺の『沙羅の花と一絃琴の観賞会』があります。有馬温泉観光協会の青年部の主催で、須磨琴保存会の方々にお越しいただき,風雅なお庭、樹齢300年近い夏椿(沙羅の木)の花と、趣きある一絃琴の演奏を観賞しようという2〜3日限定の催しです。
白い花が朝咲いて夕べには散るといわれる夏椿は、『平家物語』で詠われる沙羅双樹「祇園精舎の鐘の音 諸行無常の響きあり沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす 」に重ね、沙羅の木といわれています。《つづきはコチラ》 |
 |
■有馬川のゲンジボタル
夏の風物詩のひとつである蛍。暗闇に浮遊する光は私たちを夢幻の世界に誘ってくれます。実はあの光、オスとメスが出会うための信号で、浮遊して光っているのはオスで、じっとして光っているのがメスです。幼虫からさなぎにかけての長い下積み生活(?)を経て最後に光を放ち、オスとメスが結ばれるなんて、実に良く出来たプログラムですね。《つづきはコチラ》
|
 |
■有馬温泉と桜
いよいよ桜の季節を迎えました。おすすめのスポットを歴史的な事も交えてご紹介しましょう。
「金の湯」の前の石柱には「日本第一神霊泉」と書いてありますが、有馬温泉は古来、湯治場であると共に信仰の場、霊場でした。狭い谷間に今も神社、古刹がたくさんあります。昔の人は人智では計り知れない摩訶不思議で治癒効果のあるお湯を素直に神仏のなせる業と考え尊んだのでしょう。また同時に、見物をしたり宴を楽しんだりして非日常を味わう場でもありました。湯治、信仰、見物、宴がワンセットになって《つづきはコチラ》 |
 |